水が無い?
6月になります。
5月にも書いたものとかぶる話題で恐縮ですが、「水無月」です。
月初めの定番ということで、梅雨時期に『水が無い』と言うのはおかしな感じだよね…って6月初回の授業を始めます。
6月が水無月ってのはインパクトがありますよね。どうしてなんでしょう。
私は、梅雨時期の長雨を「さみだれ-五月雨」って言うのだから、旧暦の6月は梅雨が終わった頃、だから水(雨)が無いんだと勝手に思っていました。五月晴れってのも、梅雨の合間の晴れ間の事ですし…。
ただ、調べて見ると「水無月」の「無(な)」は、今で言うところの「の」。つまり「水の月」って意味だという考えが一般のようです。6月は田に水を引き入れる時期だから「水の月」。
言われてみれば、確かにナルホドと思う一方、旧暦の6月に田に水を入れる?そんな時期に水を入れるなんて遅くないですか??とも思います。
品種改良や農業機械の進歩で、米作りが比べ物にならないくらい早まっているのでしょうか。台風到来以前に収穫するというのが当たり前になり、8月末にはもう新米がスーパーに並ぶ。
お米も商品の一つということに違いはないんですが…。なんか薄っぺらになってしまったように感じます(米を丹念につくっている皆さん、ごめんなさい)。
八十八と書いて「米」というぐらい、労力や時間がかかる米作り。人々の関心事の中心だったから、農事にまつわる言葉がたくさん生まれた。
早苗の皐月、田に水を張る水無月、稲穂が育つ葉月…。
瑞穂の国である日本のこの先に待っているのは……。
古くから使われてきたこれらの言葉、無くなってしまうのでしょうか。
村上先生より